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カフカ『絶望名人カフカの人生論』 頭木弘樹編訳

『絶望名人カフカの人生論』を読みました。新潮文庫におけるフランツ・カフカのラインナップは、ここのところ『城』と『変身』だけだったので、新刊が加わるのは嬉しいですね。飛鳥新社の2011年発売の単行本だったものが、この10月に文庫化されました。
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元々カフカの小説は未完の長編が3編(『審判(訴訟)』『城』『アメリカ(失踪者)』)と、完結・未完様々の短編が岩波文庫で2冊分ほどしか残されていないので、世界の文豪の中では作品を読破しやすい作家だと思います。(無意味に言わせていただくと、僕のお気に入りは『アメリカ』と『審判』です。)
そんなわけで、本書はフランツ・カフカの小説を収めた本ではなく、カフカの残した手紙、ノートへのメモ書き、日記などから印象的な文章を集めた本となっています。
この本の面白いところは、日記や手紙の丸ごとの翻訳ではなく、著者による選別というか、編集のようなものが入っていることでしょう。カフカの文章を改変しているわけでは全く【ない】のですが(著者自身も認めるように超訳的なことはしているようですが)、それでも著者の人生が色濃く反映した本になっています。ラジオの編集作業のようなものとでもいいますか、著者の選び出した文章によってこれまでとはまた違ったカフカ像が照らし出されています。
つまりどういうことかといいますと、この本に収められたカフカの文章はすべて「ネガティブ」ワードなのです。ネガティブな言葉と言うと普通はそれに影響されて自分まで落ち込んだり不快になってしまうとして、避けられがちですが、そこはやはりカフカ。表現がどこか浮揚するような印象で、読む人間は思わず笑わされたり、心が軽くなったりするのです。

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↓そういうわけで、本書の構成はこんなことになっています
第1章 将来に絶望した!
第2章 世の中に絶望した!
第3章 自分の身体に絶望した!
第4章 自分の心の弱さに絶望した!
第5章 親に絶望した!
第6章 学校に絶望した!
第7章 仕事に絶望した!
第8章 夢に絶望した!
第9章 結婚に絶望した!
第10章 子供を作ることに絶望した!
第11章 人づきあいに絶望した!
第12章 真実に絶望した!
第13章 食べることに絶望した!
第14章 不眠に絶望した!
第15章 病気に絶望……していない!
あとがき 誰よりも弱い人
文庫版編訳者あとがき
解説 山田太一


本書は、各見開きが1セットになっていて、右側のページにカフカのネガティブな文章・アフォリズムが数行書かれ、それに対する、著者の解説が左側のページにあります。解説も比較的フォントが大きく、量も多くて10数行に収まっています。そしてそれが86セットあるという構成です。
つまり、とても字が少ない本です。解説まで含めて267ページですが、特別読むスピードがない僕でも1時間かからずに読めてしまうくらいでした。
そういうわけで本書を要約しようとすると、下手をするとカフカの翻訳部分を全部写すようなことになってしまいかねず、それでは無意味です。しかし、本書を読んだ時の何とも言えない感覚を誰かに伝えたい……ということで、印象深かった文章を1つだけ引用させていただいて、本書の紹介にしたいと思います。


将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。 将来にむかってつまずくこと、これはできます。 いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。               ―――フェリーツェへの手紙


これを大学の書籍販売で立ち読みして笑ってしまったことが本書購入の決め手でした。他にも、生涯にわたって本業は公務員、夜だけ小説を書いていたカフカが、公務員の方の仕事の嫌さを書いた文章、コミュニケーションが苦手だったカフカが、馴れない人達と一緒に居なければならなかった時に感じた息苦しさ、違和感を書いた文章など、多くの人が感じたことがあるであろう息苦しい場面に対して、カフカの文章が絶望を見つめつつ軽妙さをもって記述してくれているページが沢山あり、やはり僕もなんだか救われた気分になったのでした。
著者の頭木氏は、中学の読書感想文としてカフカの『変身』選んだ(理由は薄いから)ことをきっかけにカフカと出会い、その後大学3年に大病をして長期の入院を余議なくされたことを機にカフカの手紙や日記も読むようになったとのことでした。さらっと書かれていますが、この本が多くの読者から「心が軽くなった」と受け入れられたのは作者が置かれた突然の長期入院という境遇で「どうカフカのテクストを読んだのか」が反映されているからでしょう。厖大な量のカフカの日記や手紙から何に着目して何を切り取るかというのは、その人のものの見方が必ず投影されると思います。エヴァンゲリオンの庵野秀明監督が、厖大な情報を詰め込まれたエヴァという作品を観た時の感想は、その人自身を表していると話していましたが、これと近い感覚です。(庵野監督はロールシャッハ・テストという心理学で使われる投影法の一つを引き合いに出していました)結局ある人が何かをする時に、全く自分自身から切り離された純粋な創作をする可能性は極めて低く、その人自身の心理や体験が影響することは必然ということでしょうか。
すなわちこの本はカフカの本であることは確かですが、それでいて絶望名人カフカを材料に、また別の絶望した人が自分の絶望を切り出した作品とも言えそうです。
先にも述べましたが、文庫になって500円ちょっとですし、1時間しないくらいで読めてしまうので、是非手にとっていただきたいと思います。

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引用・参考文献 『絶望名人カフカの人生論』 カフカ 頭木弘樹 編訳 新潮社

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