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坂口恭平 『現実脱出論』

『現実脱出論』を読みました。
現実脱出論.jpg
ホームレスの人達に対するフィールドワークを基にした『TOKYO 0円ハウス 0円生活』の著者で建築家・作家・絵描き・歌い手の坂口恭平氏のエッセーです。坂口氏独特の感覚が文章に落とし込まれている本であり、論理的な構成物とはまた別なので、要約するとほとんど別物になってしまうことを了承の上本記事を読んでいただければと思います。

↓本書の構成です。
プロローグ 現実さんへの手紙
第1章 疑問の萌芽
第2章 語り得ない知覚たち
第3章 時間と空間
第4章 躁鬱が教えてくれたこと
第5章 ノックの音が聞こえたら
第6章 だから人は創造し続ける
エピローグ ダンダールと林檎

以下に各章の内容をザックリ要約してみたいと思います。

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第1章 疑問の萌芽
著者の子供時代からの違和感・疑問が綴られる。両親に「現実を見ろ」と言われてもピンとこず、学習机の下にもぐって自分だけの空間を造っていた小学生時代の著者は、マンション広告に落書きして自分の理想の部屋を創り出すという趣味を考え出した。それと関連しているようだということで建築家を目指し大学の建築学科を出るが、自分はどうやら建築家になりたかったわけではないと気付く。そして大学卒業後はアルバイトで食いつなぎながら、本を書いたり絵を描いたり、話をし始める。両親はやはり、頭の良い著者に対して「現実を見て医者にでもなれ」と言った。7年ほどしてアルバイトなしで食べていけるようになり、作家になった今でも変わらないという。
著者は今でも「空間は個々人によって違い、現実は仮想空間のひとつである」と考えている。居酒屋に行った時に、人が少ない間は空間が小さく感じられるが、客が多くなってくると店の空間が広がったように感じるのはその一例である。

第2章 語り得ない知覚たち
①目
著者は自分の見ている「赤」と他の人が見ている「赤」は実は全然違う色の可能性があると感じているが、それを本質的に確かめる方法はない。また、躁鬱気質の著者は躁状態の時と鬱状態の時とでは同じ風景を見てもまるで違って見えるという。
②匂い
匂いによって昔の記憶・エピソードが瞬時に喚起されることがある。ある匂いからどのような思いでが蘇るか・どんな感じがするか分かっているものもある。
著者は甘党ならぬ「臭党」である。
著者は子供のころ、友達の家の匂いというものに敏感で、好きな匂いの友達の家には自然と多く遊びに行っていた。一方自分の家の匂いが分からない。「匂いによる空間に触れる」という感覚がある著者にとってこれは、自分の家が未知の空間に感じられる事実だたという。
③耳
レストランで偶然耳にしたBGMがすごく気に入って曲名を聞き、家に帰って聴いてみるとレストランで聞いた感覚とはまるで違ってしまっている。レストランで不意に聞いた時のほうが良かったということがある。それは「こんな音楽を聴きたいと常々思っていたのだけれど、それがどんな音楽なのか具体的には想像することができなかった」著者にとってBGMが「あ、これだったのか」と思わせるものだったからだという。具体的な音楽という形に具現化されてしまうともう頭が活性化されない。音楽とは著者にとって「言葉では置き換えられない新しい知覚を発見するための装置」である。
④線
著者はフィールドワークをする時に録音をしない。代わりに「線の言語」でノートをとる。著者が耳や目や皮膚などで知覚した声だけでなく、その声を発している人の周囲風景、天候、気配を含んだ空間全体を書くという。ここでかかれるものは、言葉・絵画・計算などの区別なく等価値に存在する。このノートの取り方をすると、当時の自分の精神状態まで取り込んだ臨場感ある空間がしっかりと立ち上がってくる。
線の言語は個々人に独自である。「現実」では読みにくい字が排除されたりすることを考えると、手紙を書いたり日記を書いたりすることは、現実脱出の一つである。

第3章 時間と空間
①時間
著者は小学生の頃、朝早く起き出し、家族が起きる前に漫画を描くなどの創作活動をひとりでしていた。この時間はゆっくりとながれ至福の時であったという。家族が起きて活動し始めると時間は途端に早く流れ出したと言い、著者は「時間は個別に存在するのではなく、集団の中で割り振られるのでは」と考えている。だからこそ著者は大人になってもできるだけ一人で・朝早く行動するようにして、一人で時間と並走するようにしている。
また、著者にとって午前1時~午前5時までの間は時間の進みが早く、5時を過ぎるとゆっくりになるとする。

②空間
一つの空間にいても、無数の視点がありその数だけ違った見え方・空間がある。(例)劇場の1階席と2階席 クラスでは人の数だけ空間が同時展開している。

③トヨちゃんのエピソード
著者25歳の時。金がなし仕事なし。バイトで食いつなぎながら、高円寺駅近くのぼろい四畳半アパートに住んでいた。そこに昼間から人を呼んでお酒を飲んで、音楽や芸術のことについて語り合うという、「芸術かぶれのどうしようもない若者」として悶々と過ごしていた。
ここで著者の部屋の向いにすんでいた30歳男性のトヨちゃんが「自殺をしようとしていた」と5年間の引きこもりの末、著者の部屋にやってくる。著者は話を聞き、(あえて自殺の方法を一緒に考えようとするなど際どい方法もとりつつ)トヨちゃんの「普通になりたい」という、複雑な願望を3点に単純化させ、⑴高円寺駅近⑵月給20万以上⑶英語とPCを使う仕事 という条件で就労を決めるまで付き合った。
晴れて就労を決めて引っ越すことになったトヨちゃんの部屋に招かれた著者は、5体の古いぬいぐるみを目にする。トヨちゃんはこの5体と会話ができ、5体に言われて著者の部屋に助けを求めたという。著者はこれを、現実世界では妄想と片づけられ排除されるということを認めつつ、太古の人間からの人間の本能的な技術だと考える。

第4章 躁鬱が教えてくれたこと
著者は自称躁鬱である(診断の有無は触れられていない)。うつ状態=おんぼろトラック
躁状態=F1車という比喩でそれぞれの状態を記述する。
著者は躁鬱を機械と考えることにしており、躁は機械の運動・鬱は脳の誤作動だとしている。「死にたくなるのは脳の誤作動のせい」という家訓を作り、感情も躁鬱の仕組みから出てくるもので、そもそも本当は人間に感情は存在しないのかもしれないと考える。
外国人が海外旅行をすることと、躁鬱の人間が現実に参入することは構造的に似ているとし、現実にうまく参入できない人は「現実旅行」をしているのだとする。現実旅行をするような人はそれがダメだと性急に考えず、独自の視点を持って周囲と関わるべきである。
現実を一つの生命体と考え、自分の思考を保ちながらそれと付き合う必要がある。これを「現実の他者化」と言い、著者は現実脱出の重要事項と考えている。

第5章 ノックの音が聞こえたら
著者は虚構と現実があいまいな世界に生きている。妻に対してその世界観からくる言葉を話す場は決まってキッチンである。妻はそれに対して「すべて事実である。しかし現実生活では実践しない」という態度を貫き、無視はしないが同調もしない。著者にとってはそのようなやりとりが、創作に入る前にある「ふるまい」となっている。

第6章 だから人は創造し続ける
①人間は思考することをやめない。それは現実という世界だけでは自由であると感じることができないからである。人間が暮らしていくために作られた仮想空間である現実に浸りきることをせず、何か別の空間を探そうとする――この空間を探し出し、自らの独自な空間をつくることが、生きることであり、思考そのものである。
②思考すること→空間をさがすこと。人は元々知っている「じぶんの空間」を参照しながら、それとは違う空間を感じ取っていく。思考とはここにおいて行為ではなく「現実と対置された空間」となる。この空間は人が内面に形成した思考という巣である。

現実とは集団を形成する上で有用で欠かせない共通の枠組みであったが、現代においてはその現実が肥大化し、本来仮想的だったはずのものが私たち個々人の思考を否定するという転倒が起こってしまっている。そのような時代にいては現実脱出が必要で、言葉にできない感情や空間の予感、創造を行いたいという思考の芽を伝え合うことがここにおいて可能である。しかし、人間が肉体を持ち、生きることができる唯一の場所は現実であることを忘れてはならず、現実を脱出し、自分の思考の巣を確認したら、もう一度現実に戻ってこなくてはならない。

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「感想」
読んでいる最中から「今回は難しくなりそうだ」と感じていたのですが、やはりエッセーを要約するというのは非常にヘビーでした。特に5章以降が著者の言いたいことをまとめ切れていないと思うので、その点は時間があればまた手直ししてみたいと考えています。
一方で僕が一番印象に残ったのは、トヨちゃんのエピソードですね。自分が臨床心理学専攻でこのようなケースを耳にする機会も多いのですが、ケース記録で聞くよりも活き活きして感じたのは作家の手による文章だからなのでしょうか。要約では省略したのですが、著者は「いのちの電話」も自分の携帯番号を公開して独自に行うということをしており、元々臨床的なことにもシンパシーがあったのかもしれません。著者の提供したものは心理士の面接や電話相談とは異なるものですが「構造をはめないで臨床ぽいことをするとどうなるのか」という実例として興味深いものでした。


参考文献 『現実脱出論』 坂口恭平著 講談社現代新書
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