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岡田斗司夫FREEex『僕たちは就職しなくてもいいのかもしれない』を読みました

昨日発売の岡田斗司夫FREEex『僕たちは就職しなくてもいいのかもしれない』を読みました。
発売日に大学生協で売っていました。「就活生が多い現代の大学に挑発的なタイトルを並べるなー」と思い、タイトルにのせられてついつい買ってしまいました。

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本文はまず、現状の分析から入ります。個人的にはこのパートが一番面白かったです。 「もう就職できないかもしれない」と題された章では、現代がITという黒船が来航している維新の時代だとして、幕末~明治との共通点から、そもそも構造的に就職が難しい時代であり、それにこだわることに対して疑問を提出します。幕末~維新の時代には列強の接近によって幕府や藩が急速に崩壊しました。そのような時代にあっては時代を読んで自分で道を切り開くことが必要であったのですが、新撰組のように、潰れかかった幕府に「就職」することにこだわった層がいました。当時の武士は君主に仕え(就職し)て初めて武士になれたのですが、これが最後のチャンスとばかりに平民身分からも新撰組に入隊する者もいたそうです。結果は時代を読めていなかったがためにハコダテの五稜郭で全滅という悲惨なものでした。現代、自分だけはなんとかうまくやって企業の正社員として雇われようとしている層は幕末~明治のこの層に等しいということでした。なぜならば、現代はITの急速な発展と機械化によって産業が合理化・自動化された結果、仕事の数自体が減っているため、構造的に求人が減るし、昨日まであった職種も例えばamazonの行動ひとつで消し飛んでしまうことが日常茶飯事だからです。現代の就職戦線は沈みかかった船の中で席次を争っている状態だと言えるのかもしれません。 次に筆者は「みんな正社員として働かなければいけないと思い込んでいるけれど、そもそもそんなにお金って必要なのか?」と問いかけます。このあたりの問題意識はノマドで有名なイケダハヤトの『年収150万円で僕らは自由に生きていく』にも共通していますね。岡田氏もイケダハヤト氏と同様、モノを譲ったりシェアしたりという方向に閉塞した時代の打開を見ています。人と人との関わり合いを増やすということですが、変形家族のような血のつながらない人同士が家族であってもオッケーというところがモダンです。 その後、お金に捉われない価値観や、岡田氏肝入りの概念「評価経済」の説明に移ります。時代が変わり、「お金を稼ぐかどうか」という価値基準から「他人のためになにかをする」という価値基準への移行が始まっているようです。そのための具体的な提言として ①仕事サーフィン:50ほどの小規模の仕事をする。収支は月3万円~赤字まで様々 ②愛されニート:余裕のある人から援助を受けられる関係を持ち続ける生き方 の2種類の新しい生き方を提言しています。 最近多くなってきている「お金に捉われない生き方」「シェアする生き方」「就職を考えなおす」というテーマ上の本ですが、さらっと読めてそれでいて面白いです。周囲の人から「常識だ」と言われることと180度違う意見の本を読むことは、心が軽くなってストレス解消を目的としてもいいと思います。 参考文献『僕たちは就職しなくてもいいのかもしれない』 岡田斗司夫FREEex著 PHP新書

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